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いつ俺〜いつから俺ができないと錯覚していた?〜

学生ブロガー。大学院でプログラミングを専攻している。日本のプログラミング教育に疑念を抱く。

選択力と意思力を持って生きていきたい

雑記

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生きていく中で、誰しも大変だったり、キツかったりすることはあると思う。

投げ出してしまいたくなることだってある。

そんな中で生きていくために、必要だと感じた「選択力」「意思力」の話をしたい。

 

 

人生は選択の連続

僕たちは生きている中で、様々な選択をせまられる。

それは小さな選択であったり、大きな選択であったりするが、そのどれもが今の自分を形成する大切な選択となっている。

 

しかしながら、その選択を他人に委ねてしまっている人が多いように思う。

例えば、僕の学校の同級生に「電気系の勉強をしているから電気メーカーに就職するものだ」として、そもそも他の業界に目を向けようとしない人がいる。

それはそういう狭まった考え方をしてしまうというのが半分。

残りの半分は、今までと違う選択をするのが怖い、ということがあるのだろう。

誰かの決めたレールの上を歩く方が楽なんだ。

 

「自分が今まで勉強してきたことが無駄になるのでは?」

→僕たちはまだ学生であって、今勉強していることが全てではない。むしろ今までのことが世の中に出て役立つなんて限らない。

 

「今までやってきたことを考えたらこれが普通だ」

→普通って何?選択することを放棄してしまっているだけでは?

 

僕はこんな風に思ってしまうんだ。

 

他人と違ったっていい。自分で選択したことなら

結局みんなは、まわりと違う自分になってしまうのが怖いんだ。

他人と違うことがよくないことだと思っているんだ。

 

けど、そんなことはない。

自分の思いを貫いた先にある何かはとっても素敵なことじゃん。

素晴らしいことじゃん。

だから他人と違ったっていいんだ。

自分でちゃんと選択して決めたことならいいんだ。

 

だから、誰かに言われたからとか、そんなつまらないことのせいで自分の選択を曲げて欲しくない。

変わることが悪いことなんじゃなくて、自分の選択で変わっていって欲しい。

大事なのは、自分で選択するってこと。 

 

他人と違う選択するためには強い意思がいる

けど、やっぱり自分が他人と違うことをしているっていうのは、結構勇気がいることだ。

誰かが決めてくれた道を歩いているわけでもなく、誰かと一緒に歩いているわけでもなく、その道を歩くのは自分一人。

それってすごく孤独で、すごく辛いこと。

だからこそ、意思力がいる。

それを乗り切るだけの意思力がいるんだ。

 

未来は可能性に満ち溢れている

それぞれが、それぞれの意思で選択し、行動していったら、もっともっと世界は輝くんじゃないか。

もっともっと面白い世の中になるんじゃないか。

そう思うんだ。

 

時代は進み、自分で考える必要ないことが増えていくのかもしれない。

けど、それでも考えることをやめたら、そこが僕たちの進化が終わってしまう時だ

そんなの僕は嫌だ。

 

僕は僕の意思で進む道を決めたい。

僕たちの未来は可能性に満ち溢れている。

だからこそ、一つ一つをしっかりと選んでいきたい。